5時過ぎに起床。勉強と読書。
朝食。タバタ。運動しないと調子悪くなり、運動すると調子良くなる。運動大切。
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24日からソウルのobjectifyにて個展が始まりました。先月丁寧に取材もしてくださり、僕の考え方も理解した上で彼らとして再解釈して紹介してくれるのがありがたいです。僕はただ毎日を楽しみたいだけ。器も何もかも全部そのためにあります。でもただの毎日使う器に壮大なストーリーがあったらもっと楽しいなと思います。今回、objectifyさんが作成してくれた紹介文の日本語訳を以下に貼り付けます。ソウルへ行きたかった。。
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手に宿る時間:日常の深淵
(Time in the Hands: The Depth of the Everyday)
一つの木の器が完成するまでに、その中にはいくつもの時間が折り重なっている。木が成長してきた数十年という時間、作家が削り刻んだ集中の時間、そして使用者の手によって馴染んでいく未来の時間——これら三つの時間が一点に重なり合う。
富井貴志の作品は、この三重の時間を一つの器に凝縮し、自然と人間、そして物が交わる瞬間を精緻に捉えている。
かつて表面物理学を研究し、原子の配置の中に宇宙の風景を見出した作家は、木という素材を通して微視的世界と巨視的世界の融合を試みる。彼にとって学問は芸術へと、顕微鏡は彫刻刀へと姿を変えたが、世界を見る根本的な視線は変わらない。
「私たちは皆ちがうが、根源的には同じ原子の集合である(We Are Atoms)」という気づき——それこそが、彼のすべての作品を貫く哲学の根である。
この思索の上に、作家は「木が育ってきた時間(自然)」、「作家が削り出す時間(構築)」、「使用者の手に馴染む時間(再接続)」という三層の時間を、一つの器に重ね合わせる。
人間の欲望を映す器は、本来、自然から切り離された孤独な存在かもしれない。だが、それが手に取られ、日々の使用を通じて繰り返される時間を経ることで、再び自然の秩序と結ばれる鍵となる。
木目に沿って広がる光沢、指先がなぞる縁のやわらかさ、使い込むことで深まる色合い——それらは再接続の証である。
作品の表面に刻まれた規則的な刃の痕は、単なる装飾ではない。それは、自然から離れた物が再び自然のリズムに同化しようとする、激しい修練の記録である。
まるで微生物の微細な穴の中から独自の形の言語を見出すように、作家は木の肌理に隠された宇宙の文法をたぐり読み取る。そしてそれを、飯椀、汁椀、皿といった日常の器へと具現化する。
副題〈The Depth of the Everyday:日常の深淵〉が示すように、彼の作品において器は単なる道具ではない。それは、日常の中に潜む哲学的な深みを覗き込むための一つのレンズである。
手が触れるたびに、器は少しずつ変化し、使用者の時間がその内側へ染み込んでいく。そうして物と人、自然の境界がゆるやかに溶け合い、私たちは「美」と呼びうるある完成の段階へと至る。
この思索の延長線上にある今回の展示は、作家の指先から始まる「構築の秩序」が、使用者の生活を通して「自然の普遍性」へと結実していく美学的過程を見つめる場である。
鑑賞者は、作家が削り出した面と線の静かなリズムの中に、私たちが忘れてしまった自然とのつながりをふたたび発見するだろう。
あなたの手によって馴染んでいく物たちは、今、どのような時間を宿しているのだろうか。
僕はただ毎日作り続けます。しばらく作り続けたのち、「あれ僕って何をやっているんだ?」という素朴な疑問のみから出発して作りながら考えます。しばらく考えると、「ああ、そういうことか」と納得します。そしてまた考えずに作り続けます。この繰り返し。
僕は今、「自然普遍性」の中に生きる僕たち生き物は「構築普遍性」を追い求めざるを得ない。そしてそれこそが生物(人間)の本質だと思っています。「自然普遍性」というのはこの宇宙のルールみたいなものでただそこにある。無生物欲と表現しているものと等価です。「構築普遍性」というのは僕たちが作り出すルール。僕が生物欲と表現しているものはこちらです。「自然普遍性」と「構築普遍性」の間の緊張が僕たちを存在させている。「自然普遍性」を追求すると僕たちは消失し、「構築普遍性」を追求すると本来生きている宇宙から僕たちは孤立し、また消失するでしょう。このことは当たり前のことを表現しているだけなのですが、この文章の中でものづくり(だけでなくどんなことについても考えられるのですが)について考えると、ある一つのものづくりの立ち位置が見えてくるようになります。この話はnoteでの連載で深く掘り下げていく予定ですので、楽しみにお待ちください。
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午前中は茶通の制作。We Are Atomsを彫ったり彫らなかったり。自分としてのサイズ感は守りながら色々と作っています。
昼食。読書など。
午後、茶通の続き。豆鉢。
夕飯は焼きそば。NHKスペシャルでりくりゅうの特集を観た。面白い。息子がタブレットで国語の宿題をしていて、「目が痛くなるし、こんなのじゃ覚えられないし、紙にしろ!」と言ってた。本当にその通りだと思う。
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