松島をあとにして向かうは会津若松。仙台へ向かう途中で通ったので、「会津と言えば、さざえ堂が最近いろんな雑誌に出てるからいきたいなぁ」と思いついて、いきあたりばったり。どこにあるのかはまったく覚えていなかったので、つれあいに電話。どうやら飯盛山にあるらしい。飯盛山といえば白虎隊。白虎隊といえば白虎刀を小学校の修学旅行の時に買ったなぁと思い出す。ということは、さざえ堂(旧正宗寺三匝堂)にも行ったことあるような・・・。
ということで到着!19年ぶりの飯盛山。
さざえ堂は外見からしておかしい。これは少なくとも「かっこいい」とは程遠い。「おかしい」がぴったりだ。六角形のお堂内部のスロープが二重螺旋になっていて、入り口に踏み込み一つ目の螺旋を登っていく。結構急勾配。少し登ってみると、「ああ、ここには来たことがあるな」と思った。やっぱり。
登り切って、天井はこんな感じ。お札でいっぱい。登ってくる途中の柱や天井にもお札はたくさん貼り付けてあった。この建物は、寛政8年(1796年)建立。高さは約16m。明治以前には三十三観音を安置していたとのことだが、今は絵額が飾ってある。
頂上はこんな感じ。一つ目の螺旋を登ってくると、下り螺旋へ飛び移るための橋が架かっている。この部分のおさまりもとても面白かった。一つ目の螺旋はこの橋の直後に壁へと消えてゆく。橋を渡って、二つ目の螺旋へ。下りはなんだかあっという間。出口は建物の裏側。三匝堂(さざえ堂)という形式の建物は、通常三階造りの堂内をぐるぐるとまわり登っていくもの。会津のさざえ堂は、二重螺旋というところが独特で、世界に例を見ないものだということ。
それにしても、二重螺旋というDNAと同構造の形状を考えついた郁堂和尚はすごい。そして、登りの螺旋と下りの螺旋をこのように橋でつなげたことにも感心する。ただ「会津さざえ堂は二重螺旋構造で・・・」と言われても、二つの螺旋の飛び越えるところが分からない。両方の螺旋は壁へ突っ込んで行き、その直前に橋が架けてあるということには、「なるほどなぁ」と思った。
ということで到着!19年ぶりの飯盛山。
さざえ堂は外見からしておかしい。これは少なくとも「かっこいい」とは程遠い。「おかしい」がぴったりだ。六角形のお堂内部のスロープが二重螺旋になっていて、入り口に踏み込み一つ目の螺旋を登っていく。結構急勾配。少し登ってみると、「ああ、ここには来たことがあるな」と思った。やっぱり。
登り切って、天井はこんな感じ。お札でいっぱい。登ってくる途中の柱や天井にもお札はたくさん貼り付けてあった。この建物は、寛政8年(1796年)建立。高さは約16m。明治以前には三十三観音を安置していたとのことだが、今は絵額が飾ってある。
頂上はこんな感じ。一つ目の螺旋を登ってくると、下り螺旋へ飛び移るための橋が架かっている。この部分のおさまりもとても面白かった。一つ目の螺旋はこの橋の直後に壁へと消えてゆく。橋を渡って、二つ目の螺旋へ。下りはなんだかあっという間。出口は建物の裏側。三匝堂(さざえ堂)という形式の建物は、通常三階造りの堂内をぐるぐるとまわり登っていくもの。会津のさざえ堂は、二重螺旋というところが独特で、世界に例を見ないものだということ。
それにしても、二重螺旋というDNAと同構造の形状を考えついた郁堂和尚はすごい。そして、登りの螺旋と下りの螺旋をこのように橋でつなげたことにも感心する。ただ「会津さざえ堂は二重螺旋構造で・・・」と言われても、二つの螺旋の飛び越えるところが分からない。両方の螺旋は壁へ突っ込んで行き、その直前に橋が架けてあるということには、「なるほどなぁ」と思った。
コメント